木材腐朽菌の検出

つくば遺伝子研究所

2020.09.18

要約

木材は木造家屋に利用される丈夫な天然素材です。その木材に深刻な劣化をもたらす木材腐朽菌が問題となっています。

本研究では、屋内で空中に浮遊している微量の胞子/菌糸をPCRなどのDNA解析技術を使ってとらえ、簡単に木材腐朽菌を検出できる手法を提案します。

腐朽菌の胞子/菌糸は、空中に浮遊し、木から木へと移動し、被害が拡大します。材木は家屋の外壁と内壁の間にあり、簡単にはその状態を把握することが出来ません。本研究で提案した手法は、材木の強度維持のための対策を立てる上で大いに役立つと期待されます。

研究の背景

腐朽菌は木材の敵である

木材は商業的に有用な天然素材で、木造住宅、家具等に利用されています。木材腐朽菌はこの木材の構成要素である、リグニン・セルロースを分解し、木材の強度に深刻な劣化をもたらします。

3種類の腐朽菌が存在する

木材腐朽菌は、白色腐朽菌、褐色腐朽菌、軟腐朽菌に大別できます。

腐朽菌の分類
白色腐朽菌 褐色腐朽菌 軟腐朽菌
写真:白色腐朽菌 写真:褐色腐朽菌 写真:軟腐朽菌


褐色腐朽菌
木材の成分のうちセルロースとヘミセルロースを分解。住宅の建築材としてよく使用される針葉樹を使用した木材を腐らせます。
褐色腐朽菌によって腐った木材は褐色に変色し、亀裂などの劣化が生じます。また、木材の表面をつまんだりするとボロボロになる(粉状になる)のが特徴です。
白色腐朽菌
白色腐朽菌は、木材中のリグニンを分解する能力を持ちます。食用キノコとして親しまれているシイタケやナメコなども白色腐朽菌のひとつです。リグニンが分解された後に残留するセルロースやヘミセルロースの色である白色に変色させることから、こう呼ばれます。 白色腐朽菌は、セルロースとリグニンを同時に分解する非選択的白色腐朽菌と、セルロースはあまり分解せずリグニンを優先的に分解する選択的白色腐朽菌に大別されます。
褐色腐朽菌や軟腐朽菌に比べ寒さや直射日光に強く、乾湿の繰り返しの激しいところや寒暖差の大きなところなど環境の変化が激しいところでも生育するものが多いです。 また、サクラやケヤキ、ブナなどの広葉樹を好んで腐朽させるものが多いです。
軟腐朽菌
木材含水率100%以上の木材を好み、白色腐朽菌や褐色腐朽菌が腐朽できないような高含水率の木材の表面に軟化現象(軟腐朽)を起こさせるものを軟腐朽菌といい、ケトミウムやトリコデルマなどの、子のう菌や不完全菌の仲間です。
アルカリ(pH8 - 10)や、高温(38℃くらいまで生育できる)に強いといわれています。
主として、ヘミセルロースを分解して栄養源とし、リグニンやセルロースを分解するものもあります。分解力は弱く、菌糸体の近傍のみ分解が進み、軟腐朽菌による腐朽を受けた木材は、どす黒く焦げたように見え、表面は柔らかく変化します。その後、乾燥すると多数のひび割れを生じ、それが脱落することで、木材内部に腐朽が進みます。

PCRで腐朽菌のDNAを検出できる

腐朽菌による材木の被害の確認は、現在、目視で行われています。目視で確認するためには、家屋の外壁、或いは内壁をはがして、家屋の強度を生み出している構造材木を目視で調べる必要があります。

胞子/菌糸は、空中に浮遊して拡散していくとされています。そこで、もし、家屋内の空気中から腐朽菌胞子/菌糸を検出することが出来れば、家屋の材木の腐朽菌の被害の有無を簡便に調べる予備的な調査が可能ということになります。

そこで、この研究では、腐朽菌のゲノム配列情報を用いて、PCRという方法を利用して、家屋内の空気中に腐朽菌の生物学的痕跡(胞子/菌糸)の存在を調べる方法を開発しました。

PCRとは、特定の配列を持つDNAだけを狙って、そのコピーを繰り返し作り、量を2倍・4倍・8倍……と増やしていく技術です。元のDNAがごく微量であっても「増やす」ことで存在を検出できるようになります。たとえば今話題のコロナウィルスのみがもつ配列を「特定の配列」として狙いを定めれば、被験者の鼻に挿入した綿棒の先にくっついている微量の「サンプル」を提供してもらうだけで、感染を検出できます。

本研究では、腐朽菌に特異的な配列をターゲットとしたPCRを行ない、電気泳動法でその増幅の有無を確認する方法を試みました。

方法

サンプルの収集

まず、白色腐朽菌、褐色腐朽菌、軟腐朽菌の典型的なサンプルを集める必要があります。

森でのサンプリング

論文(深澤, 2013)を参考に、各種の腐朽菌がいると思われる森の腐朽木からサンプルを集めました。

現場(家屋)でのサンプリング

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図:メッシュを利用した浮遊物の採集
次に、実際の現場での空気浮遊物の採集を試みました。可視的な大きなデブリ、例えば、虫がフィルターにくっつくのを防止するため、フィルターの外側にメッシュ(メッシュ間1mm)を設置したものも使用しました。
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図:家屋の外壁と内壁の間の空気中の生物派生物の検出
また、別の住宅では、家壁に3mmの穴を開け、パイプを挿入して外壁と内壁の間の空気浮遊物を採取しました。

DNAの抽出とPCR

こうして集めた腐朽菌サンプルからDNAを抽出しました。

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図:DNA抽出のプロトコル

PCRを行なうには、「プライマー」が必要です。プライマーとは、前述の「特定の配列」を決定するために必要な短い合成DNAです。新たな実験を企画する度に、目的と対象生物にあわせたプライマーの設計と作成が必須です。

私達は、菌類コンソシアムが纏めた論文(Conrad et al., 2012)を参考に、ほとんど全ての菌類を検出できるプライマーを作製しました。このプライマーを用いてPCR法で腐朽菌由来のDNA検出を試みました。

結果

森のサンプル

写真:検出されたPCR産物のパターン

白色腐朽菌、褐色腐朽菌、軟腐朽菌それぞれで、比較的特異的なパターンが検出されていますが、白色腐朽菌、褐色腐朽菌、軟腐朽菌の分類はその性質から分類されたもので、各分類の中には多くの種(species)が含まれているとかんがえられます。

家屋のサンプル

写真:電気泳動の結果

バンド強度には若干の差はありますが、この結果から、これらの場所には褐色腐朽菌と軟腐朽菌が繁殖していることが示唆されました。

材木の強度を維持するためには、対策が必要と思われます。

参考文献